概要 / Overview
【紹介】
長いアンデス山脈に沿って、恵まれたテロワールを活かしたブドウ栽培が行われている。高地に位置する畑では、強い日射がブドウに糖分とタンニンを与えるものの、昼夜の気温差によって熟し過ぎず、酸が適度に保たれたブドウが実る。また、降水量が少なく乾燥しているので病害のリスクが軽減され薬剤の散布が不要。なめらかなタンニンが特徴のマルベックやフルーティーで香り高いトロンテスは世界的に評価を受けている。
【プロフィール】
南米でチリと並ぶ重要なワイン産地。チリが太平洋からの影響を受けるのに対し、アルゼンチンは大陸性気候をベースとする。アンデス山脈がチリとの国境にそびえるため、太平洋からの湿った風はブロックされ、乾燥した土地が多い。ヨーロッパに比べると緯度が低く、温暖な気候である。ブドウ栽培には冷涼な気候が必要なため、標高の高い土地に畑を切り開いた。
チリが輸出に特化してきたのに対し、アルゼンチンのワイン産業は国内需要に支えられてきた。レストランや自宅でワインを飲む習慣が定着しており、日常消費用のテーブルワインの生産が多かったが、1990年代以降に外国資本の流入をきっかけに品質が向上している。
乾燥して日照量が多く、昼夜の気温差が大きいため、病害の心配がなく農薬の使用量が一般的に少ない。
近年、フレーバーの強いフルボディの赤ワインの評価が急速に上がっている。代表的なブドウ品種はマルベックとトロンテス。マルベックはフランス南西部産だが、当地の風土にフィットしアルゼンチン・ワインの魅力を世界に広めた品種。トロンテスはスペイン原産。ヴィオニエやゲヴェルツトラミナーにフレッシュな酸を加えたニュアンスを持つアロマティック品種でエスニック料理と相性が良い。この2つが、アルゼンチン・ワインの顔となっている。
【歴史】
もともとアメリカ大陸にヴィティス・ヴィニフェラ(ワイン用ブドウ品種)は自生しておらず、コロンブスの新大陸発見以降、キリスト教の伝道師がスペインから持ち込んだと言われている。最初にメキシコの布教地に植えられ、ブドウ樹はペルーに南下する一方、カリフォルニアにも北上した。このブドウ品種をアルゼンチンではクリオジャ、チリでパイス、北米おいてミッションと呼ぶ。
アルゼンチンは1816年にスペインから独立。1852年にフランスでフィロキセラが発生する直前にフランス人農業技師がチリを訪れ、ボルドー系品種を紹介。その苗木がアンデス山脈を越えてアルゼンチンにもたらされたという説と、フランスから大西洋を越えて、アルゼンチンの国土を横断し、メンドーサにたどり着いたという2つの説がある。
1885年にメンドーサからブエノスアイレスまで1,100kmを結ぶ鉄道が開通し、メンドーサのワインを首都や主要都市で販売する素地が出来た。1902年にはアルゼンチンで最初の醸造学校が誕生し、ボルドー系品種の栽培とフランスの醸造技術の導入によって品質が向上した。
19世紀末から20世紀初頭にかけて牛肉、皮革、羊毛の輸出によってアルゼンチンの経済は大いに反映し、労働力不足を補うため、新しい移民の波が押し寄せた。総勢600万人もの人々がヨーロッパの各地からやってき、その中心はイタリアの貧しい農村部からの移民だった。現在のアルゼンチン人の半数がイタリア系と言われている。
日照に恵まれ、降雨量の少ない気候、アンデス山脈の雪解け水を利用した灌漑システム、地価や人件費の安さに先端技術を融合したワイナリーがメンドーサを中心に出現している。大半の生産者はクラシック、リザーブ、プレミアムといったレンジに分けてワインを生産している。
【気候風土】
アルゼンチンの国土はブラジルに次いで南米第2位の広さで、南北だけでなく東西にも広い。大西洋に面した首都ブエノスアイレスからアンデスへと至る道のりが約2,000kmに及ぶ。
太平洋からの湿気った風はチリを超えると “ゾンダ(Zonda)” と呼ばれる乾燥した温かい風となる。温度と日照がブドウの完熟を助け、冬は乾燥する大陸性気候。メンドーサの緯度は32度。ボルドーの44度と比べると低く、温暖すぎるため、高い標高にある冷涼なブドウ畑での栽培が進んだ。アルゼンチンにおけるブドウの栽培適地を探す作業は、高度と緯度を同時に考慮にいれた複雑な選択であった。栽培地の殆どはアンデス山脈の麓に位置し、低い所で300m、最も高い地点で3,000mに達する(平均標高は900m。東京の高尾山が約600mなのでその高さが分かる)標高の高さは、昼夜の温度差の大きさを意味する。夏の最高気温は36度まで上がっても夜間は15度まで下がる産地がある。
このような温度差によってブドウは酸を蓄え、香味の複雑さを生む。標高の高さは空気が薄く紫外線が高いことを意味する。日射量が多いと光合成が促進され、果実の糖とタンニンの量は増加。一方で、空気の薄さは夜温を急激に下げる。日中の日差しが強くても夜温が下がるとブドウ樹は呼吸作用を抑制して酸の消費を抑える。つまり高度が高く冷涼な気候は、光合成を促進し酸の消費を抑制するので、熟したタンニンと豊かなアロマ、凝縮した果実味を身につける。アルコールは全体的に高めだが、酸に支えられているため、メリハリの利いたフルーティーな味わいを生む。
標高の高さと共に重要なのは降雨量の少なさ。ブドウの病害が少なく、農薬の使用量を抑えた農法が可能になる。その反面で灌漑は欠かせない。アンデス山脈の雪解け水や夏の雨を貯める用水池があり、地下水を汲み上げている。アンデス山脈に源を発する数本の河川がメンドーサを東西に横断。この河川がアンデスの雪解け水を運ぶのだが、インカの時代からこの水を集めて用水路を張り巡らせ、街を作り、灌漑用水とし作物を育ててきた。用水路は高山文明を築いたインカ帝国時代に整備され、現在も政府によって管理されている。用水路と砂地の多い土壌のお陰で、アンデス山脈の麓には水分と砂地を嫌うフィロキセラ害から逃れた栽培地が存在する。
アンデス山脈はナスカ・プレートが南アメリカ大陸のプレートと衝突し、隆起したところに生まれた。昔は海底にあったため、石灰石や砂地に加えて、山脈の浸食から生まれた沖積土壌も混じっており、土壌は多様で標高差によって地質が異なる
【主なブドウ品種】
二大品種はマルベックとトロンテス。
「マルベック」
原産地はフランス南西部で、カオールではコットやオーセロワと呼ばれる。1956年にフランスを襲った冷害でボルドーでは栽培量が激減した。濃厚な色の強固なタンニンのワインとなり、カオールではブラックワインと呼ばれる。標高が高く、日照が豊富で乾燥したアルゼンチンのワイナリーで栽培するとフェノール(ワインの渋み・構造・色調等)が良く熟し、濃厚な色とアロマ、果実味、しなやかなタンニンを備えるワインとなる。アルゼンチンのマルベックの栽培面積は世界一。
「ボナルダ」
マルベックに次いでアルゼンチンで2番目に栽培面積が広い品種。フィロキセラ禍の前までは北イタリアで広く栽培されていた黒ブドウ品種。20世紀初めにイタリア移民がアルゼンチンに持ち込んだものと思われる。現在はイタリアより栽培面積が大きい。色調濃く果実味があり、酸の豊かな品種。マルベックほどボディは強くない。収量が多い場合はラズベリーのような風味があり早飲みタイプのワイン。
「トロンテス」
スペイン原産。標高が高く冷涼な畑で持ち味を発揮する。マスカットを片親に持つため、マスカット(モスカート)の白ワインの芳香に似た、白桃やレモンピール、バラの花のような甘いアロマが特徴。また、フルーティーでフローラルなアロマがあるすっきりとした飲み口の白ワインで、キリっと冷やして飲むととっても飲み心地が良く、スパイスの効いたエスニックな料理などにもよく合う。この品種は皮が厚く大きな果実で早熟。
【ワイン産地と特徴】
アルゼンチンワイン協会は、ワイン生産地をノルテ(北部)、クージョ(中央部)、パタゴニア(南部)の3地域に分類している。
「ノルテ地方(北部)」
ブドウ畑の標高は750m〜3,110m。緯度の低さ(=気温が温暖)からくる暑さを、標高の高さの冷涼さで打ち消すため、ブドウ畑の最高地点の標高は3,000mを超す。サルタ市から車でカファジャテに向かう道中の景観は手つかずの自然のままである。信号や橋は無く、道路が洪水で侵食されると、その場所を迂回して新しく道路を付けている。
スペインの開拓者はペルーからアンデスを越えてカファジャテに到達したものと思われる。カルチャキ川に沿ったカルチャキ・ヴァレーがブドウ栽培地で標高は3,000mを超える世界で最も高いブドウ畑でカファジャテはその中心地。カファジャテのトロンテスはアルゼンチンで最も個性的で高品質という評価を受けている。
高原の冷気と強烈な日差しの下で育ったトロンテスは柑橘系のアロマが強く、トロンテス固有のバラの花弁の香りがする。また、標高1,700m〜2,200mで栽培されるマルベックにも注目が集まっている。
「クージョ地方(中央部)」
クージョとは方言で “砂漠の国” という意味。チリからブドウ樹がもたらされ、17世紀にはメンドーサとサン・ファンが経済の中心となった。都市部の富裕層がブドウ畑の所有者となり、農業・商業・輸送がワイン産業と共に発展した。南アメリカ最大のワイン産地。主要な産地は以下の通り
① メンドーサ
アルゼンチン全体の約80%を占める。メンドーサ市の飲食店は以前はアサードの店だったが、現在は多様な食文化が楽しめる。しかし、昨今の経済不況で街には活気がない。大規模ワイナリーの殆どがメンドーサにある。メンドーサの気候とテロワールはブドウの品種特性を表現するのに理想的。強い日差しと少ない雨でメンドーサではブドウが完熟する。また、病害が発生することは極めて稀。従って、薬剤散布は必要なく事実上の有機栽培である。アンデスに源を発する河川が十分な灌漑用水を供給している。
栽培品種は、マルベック、ボナルダ、トロンテス等。マルベックは19世紀半ばにフランスの穂木が植えられ、メンドーサでその特性が開発された。メンドーサのマルベックは色調が濃く、酸味のレベルは中庸。オークの要素を十分に取り入れ、アメリカ市場で人気を博した。一方、白品種ではトロンテスが最も栽培面積の広い品種。トロンテスが栽培されているのはアルゼンチンだけである。メンドーサの栽培地域は5つのサブ・リージョンに分類される。
② サン・ファン
アルゼンチン第二のワイン産地。畑の標高は460m〜1,400mでサン・フアン川沿いにブドウ畑の90%が集中している。昼夜の気温差が大きいので酸度が維持され、ストラクチャーと複雑味のあるワインが栽培されている。シラーはサン・ファンを特徴付けるブドウであり、国際的評価が高まっている。マルベックに次いでアルゼンチンで栽培されているボナルダは当エリアの主要品種。
「パタゴニア地方(南部)」
北にある産地と大きく異なり、アンデス山脈の山裾ではなく平均標高は350mと低いエリア。日中は暖かく陽光が輝き、夜は涼しいので気温の日較差が大きい。遅霜のリスクが少なく、成熟期間が長いので、白品種やピノ・ノワールなど早生品種の栽培に向いている。土壌は崩積士と沖積士で、灌漑用水は二つの川から引いている。
【アルゼンチンの料理と食材】
アルゼンチン料理には2つの要素が大きく影響している。ひとつは地理的条件、もう一つは移民の持ち込んだ文化的条件である。南北に長いだけでなく、東西にも広いアルゼンチンは、土地によって収穫する作物は様々。その特徴ある収穫物から地域の料理が生まれてきた。アルゼンチンは世界的に有名な牛肉の生産地だが、牛肉だけでなく他にもさまざまな食材がある。移民の持ち込んだ文化と料理の影響も大きい。
1810年までアルゼンチンはスペインの植民地だったのでその時代にスペイン各地から人々が移り住み、それぞれの伝統的な料理を持ち込んだ。その後、アルゼンチンは独立し、19世紀末から20世紀初頭にかけて新しい移民の波が押し寄せた。総勢600万人もの人々がヨーロッパの各地から移り住み、その中心はイタリアからの移民だった。今ではアルゼンチン人の半数がイタリア系の血をひいていると言われる。それぞれの祖国の伝統料理を発展させながら、アルゼンチンの食材でアルゼンチン料理を生み出す大きな役割を果たした。

